神戸地方裁判所 平成8年(ワ)219号 判決 1999年6月09日
名古屋市<以下省略>
原告
株式会社東海銀行
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
佐尾重久
神戸市<以下省略>
被告
Y
右代表者代表取締役
B
右訴訟代理人弁護士
加藤高志
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金一億六五二七万円及びこれに対する平成七年八月二日から完済に至るまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、被告に対し、原・被告間の外国為替選択権取引契約(いわゆる通貨オプション権売買契約)に基づくオプション権を原告が行使したのに伴い原・被告間に締結された先物為替予約契約の債務不履行に基づく損害賠償を請求した事案である。
一 前提となる事実(証拠を掲記しない項の事実は、当事者間に争いがない。)
1 (当事者)
(一) 原告は、銀行であり、神戸市内に神戸支店を置き、同支店は昭和六〇年ころから被告と取引を行っていたところ、同支店の外国為替取引に関する被告の担当者はC(以下「C」という。)であった。(証人C、被告代表者、弁論の全趣旨)
(二) 被告は、平成元年当時資本金三〇〇〇万円の、不動産賃貸業を主として営む会社であり、貸室約六〇室、貸ガレージ約四〇〇台分、経営面積約三万五〇〇〇平方メートルで、所有物件として大小あわせて六五棟の建物を有している。(弁論の全趣旨)
2 (原・被告の外国通貨取引)
(一) 被告は、原告との間で、平成元年六月一五日、いわゆる「円投・円転」取引(貸付の伴わない、外貨売買の予約取引)を行い、被告が原告に対し三〇万米ドルを一ドル一四九円五〇銭で売り、翌一六日に反対予約を入れ、被告が原告から同月二二日に一ドル一四六円七〇銭で買い戻した。これにより、被告は、差引八四万円の利益を得た。(甲二〇の一、二一の一、二、二二の一、二)。
(二) 原告は、被告に対し、同年六月一六日に、米ドルで三〇万ドルを、借入時に返済用の先物為替予約(以下「為替予約」という。)を締結しない、いわゆるオープンインパクトローン契約に基づいて貸付けた。なお、当日の相場は一米ドル一四五円であった。
そして、被告は、同月二二日、決済のための為替予約を一米ドル一四二円で入れ、同年九月一八日に最終決済が行われ、予約に基づいて一米ドル一四二円で決済し、九〇万円の利益を上げた。
(甲一七の一、二、二〇の一)
(三) 被告は、原告に対し、同年八月二九日決済予定で、同様に「円投・円転」取引を行い、五〇万米ドルを一ドル一四〇円で売ったが、円高にならず、決済当日、一米ドル一四四円三五銭で決済されたため、被告は二一七万五〇〇〇円の損失を被った。(甲二三の一、二、二四の一、二)
(四) 被告は、原告に対し、同年九月一八日決済予定で、同様に「円投・円転」取引を行い、五〇万米ドルを一ドル一四三円九五銭で売ったが、円高にならず、決済当日、一米ドル一四六円四九銭で決済されたため、被告は一二七万円の損失を被った。(甲二五の一、二、二六の一、二)
(五) 原告は、被告に対し、同年一〇月一二日、二〇万米ドルを、インパクトローン契約に基づいて貸付けた。この契約は一米ドル一四三円で取り組んだが、平成二年一月一二日、円安となり一米ドル一四五円九五銭で決済され、被告は五九万円の損失を被った。なお、右契約では、返済時のための先物予約につき、「借入当日まで行わない。ただし、期日までに行う場合もある。」とされていた。(甲一八の一ないし三)
3 (インパクトローン契約)
(一) 原告は、被告に対し、平成元年一二月二九日、一〇〇万米ドルを、次の約定で貸付けた(以下「本件インパクトローン契約」という。)。
利息 年利八・八七五パーセント
返済期限 平成二年六月二九日
(二) 右契約の際、原告と被告は、本件インパクトローン契約はその約定返済期限が到来すると同時にその返済金につき証書貸付契約に当然に移行する旨の合意をした。(証人D、同C、被告代表者)
4 (オプション契約)
原告と被告は、本件インパクトローン契約締結日の前日である平成元年一二月二八日、次の各契約を締結した。
(一) 原告は、被告に対し、被告が原告から一〇〇万米ドルを一ドル一三九円三五銭で買う権利(コールオプション権)を、次の約定で売る(以下「米ドルオプション契約①」という。)。(甲九)
権利行使期日 平成二年六月二七日
オプション料金 五〇〇万円
(二) 被告は、原告に対し、原告が被告に一〇〇万米ドルを一ドル一三九円三五銭で売る権利(プットオプション権)を、次の約定で売る(以下「米ドルオプション契約②」という。)。(甲一〇)
権利行使期日 平成二年六月二七日
オプション料金 二六〇万円
(三) 被告は、原告に対し、原告が被告から一〇〇万米ドルを一ドル一四二円一〇銭で買う権利(コールオプション権)を、次の約定で売る(以下「米ドルオプション契約③」という。)。(甲一一)
権利行使期日 平成二年六月二七日
オプション料金 二四〇万円
(四) 原告と被告とは、右各オプション料金をそれぞれ対当額で相殺する。
(以下、米ドルオプション契約①ないし③を合わせて「各米ドルオプション契約」といい、これと本件インパクトローン契約とを合わせて「ハイタッチローン契約」という。)
5 (円建証書貸付契約、カレンダーオプション契約)
(一) 平成二年六月二二日当時、一米ドルが一五四円九〇銭となり、このままオプション権を行使すると被告に損失が発生する状況となった。
(二) そこで、同日、原告と被告は、次のとおりの合意をした。(甲一二、一三、二〇の三、証人C、被告代表者)
(1) 被告は、右2(一)のコールオプション権を行使し、一〇〇万米ドルを得て、これにより原告に対し、右1の融資金(本件インパクトローン契約債務)を返済する。
(2) 原告は、右2(二)のプットオプション権を行使しない。
(3) 原告は、被告に対し、前記1(二)に従い、平成二年六月二九日、日本円で一億三五〇〇万円の証書貸付をする(以下「本件証書貸付契約」という。)。
(4) 原告は、被告に対し、被告が原告から一〇〇万米ドルを一ドル一四二円一〇銭で買う権利(コールオプション権)を、次の約定で売る(以下「米ドルオプション契約④」という。)。
権利行使期日 平成二年六月二七日
オプション料金 一三八〇万円
(5) 原告は、被告に対し、平成二年六月二七日、右2(三)のコールオプション権を行使し、被告は、原告に対し、右(4)のコールオプション権を行使して、それぞれ相殺する。
(6) 被告は、原告に対し、原告が被告に豪ドル三〇〇万ドルを一ドル一二一円五〇銭で売る権利(プットオプション権)を、次の約定で売る(以下「豪ドルオプション契約」といい、米ドルオプション契約④と豪ドルオプション契約を合わせて「カレンダーオプション契約」という。)。
権利行使期日 平成二年一二月二六日
売渡し実行日 平成二年一二月二八日
オプション料金 一三八〇万円
(7) 原告と被告とは、右(4)のオプション料金と右(6)のオプション料金を、それぞれ対当額で相殺する。
(以下、右1ないし3の各契約を合わせて「本件各契約」という。)
6 (為替予約)
(一) 原告は、平成二年一二月二六日、右豪ドルオプション契約により取得したプットオプション権を行使した。その際、原告と被告の間で、原告が被告に対し豪ドル三〇〇万ドルを同年一二月二八日に一ドルあたり一二一円五〇銭で売るとの為替予約が締結された。
しかし、当時の豪ドルは一ドル一〇五円前後であったため、被告には多大な損失が発生することになった。
(二) そこで、原告と被告は、平成二年一二月二七日、右の為替予約の期日を平成三年六月二七日に延長する為替予約の合意をした。
以後、原告と被告との間で、別紙「予約契約一覧」のとおり、三五次にわたって予約期日を延長する為替予約が繰り返されてきた(以下、右各為替予約を「本件為替予約」という。)。(甲一四の一・二、証人C、弁論の全趣旨)
7 (為替予約期日の延長と契約解除)
原告は、被告に対し、最後の予約期日である平成七年七月末日までに本件為替予約に基づいて為替売買を実行するよう催告したが、被告はこれを実行しなかった。
そこで、原告は、被告に対し、平成七年八月一日到達の内容証明郵便により、本件為替予約(平成七年六月三〇日契約日のもの)を解除する旨の意思表示をした。
二 争点
1 本件為替予約の締結について、被告に要素の錯誤があったか。
2(一) 被告の本件為替予約の締結は原告の詐欺によるものか。
(二) (被告の本件為替予約についての意思表示が原告の詐欺によるものであるとした場合)被告の原告に対する本件為替予約取消権の有無(取消権の時効消滅の有無、被告の追認の有無)
3 原告の本件為替予約の債務不履行の有無
4 原告の社員による被告に対する不法行為の成否(被告の民法七一五条一項の責任の有無)
5 (右1、2が認められない場合〔原告が被告に対し本件為替予約の債務不履行による損害賠償請求権を有する場合〕)原告が被告に対して請求し得る損害の額
第三被告の主張
一 本件為替予約締結に至る経緯等
1 被告の本件各契約前の為替等に関する知識等
(一) 被告が実際に●●●を所有していたのは昭和四七年ころまでであるうえ、●●●を所有していた当時も、日本の○○会社に円建てで●●●を賃貸するといった業態であり、また、現在の被告の業態は主として不動産の賃貸業であって、外国との貿易等には全く関わっていないので、被告社長及び被告専務は、外国為替はもちろん金融全般に関して特別な知識は有していなかった。
(二) 被告は、○○所在の店舗ビル(以下「本件ビル」という。)を購入すべく、その手付金の支払資金の融資を原告に相談したところ、原告から「金利の安い商品を利用して下さい。」と勧められ、平成元年六月、原告との間で三〇万米ドルのオープンインパクトローン契約を締結した。しかし、右本件ビルの売買契約がその段階では成約に至らなかったため、被告は右融資金を三か月後に返済した。
その後の平成元年一〇月、被告は、再度本件ビルを購入すべくその手付金の支払資金の融資を受けるため、原告との間で二〇万米ドルのオープンインパクトローン契約を締結した。
右各契約の締結については、被告は、原告からそれら契約の仕組み等について詳細な説明は受けておらず、原告からはただ当時の為替市場の動向からすれば米ドルで借り入れれば実質金利を下げられると説明され、それを信じ、右の各契約については「米ドル建の貸付」を受けているとの認識しか有しておらず、リスクを犯してそれ以上の利益を得ようなどとは一切考えていなかった。被告は、都市銀行との取引は原告が初めてであり、「都銀」をメインバンクに持てたことを誇らしく思うとともに、「都銀」である原告を全面的に信頼していたのである。
2 本件契約に至る経緯
(一) ハイタッチローン契約の締結について
(1) 被告は、平成元年一〇月一二日、本件ビルを代金一億三七四五万円で購入した。
(2) 被告は、右購入に当たり、従前取引のあった原告に、右購入代金のうち一億三〇〇〇万円の融資を相談した。
被告は本件ビルを収益ビルとして購入したものであるが、当時は公定金利が高く、借入金利の低減は被告のような不動産賃貸業者にとって重大な関心事であり、被告は、原告が都市銀行であることから融資条件が有利ではないかと考えて、原告に右融資の相談をしたのである。
これに対し、原告の被告担当者であったCは、被告に対し、金利低減策としてハイタッチローン契約を提案した。そして、Cは、被告に対し、ハイタッチローン契約につき、「金利を安く固定するためにはオプション契約付きインパクトローンが最適であり、ハイタッチローン契約はインパクトローンの一種で、一つのパッケージとして、通常の証書借入よりも金利低減のメリットのある商品である。」、「各米ドルオプション契約は、単に貸金契約の利息を減らす措置である。」、「ハイタッチローンは、為替取引を三方向に設定し、為替変動に対してはヘッジをかけてカバーし、一方で損が出ても、もう一方で利益が出て、相対的には大きな差損が出ずに安心して利用できる。」旨の説明をし、各米ドルオプション契約が本件インパクトローン契約とは別個の契約であること、本件インパクトローン契約以外に、別途、為替予約ではなく、各米ドルオプション契約を締結することの必要性、ハイタッチローン契約によって大きなリスクが生じる可能性等については、全く説明しなかった。
そこで、被告は、ハイタッチローン契約は、従前のインパクトローン契約と同様の、種類の異なるオープンインパクトローン契約である考え、実質的な金利の引き下げを期待してハイタッチローン契約をしたものであり、それ以上に高いリスクを冒して利益を得る考えは全くなく、ハイタッチローン契約が為替変動次第では大きな差損が生じることのある取引であるとは思ってもいなかった。
被告の代表取締役社長B(以下「被告社長」という。)は、ハイタッチローン契約に関する書類(甲九ないし一一)に記名捺印したが、それは、原告から本件インパクトローン契約書類と各米ドルオプション契約書類とをひとまとめにされて記名捺印を求められたからであり、その内容を確認、理解してしたわけではない。
(二) カレンダーオプション契約の締結について
(1) ハイタッチローン契約締結後、為替相場は円安傾向で推移したが、被告は、為替変動に対してはヘッジをかけてカバーしているとのCの説明を信用していたので、何の心配もしていなかった。また、被告としては、仮にハイタッチローン契約が失敗し、支払義務が増加した場合でも、実質的な金利の引き下げがある程度得られれば十分と考えていたので、長期の外貨建貸付によって暫時その決済を行おうとしていた。
(2) ところが、Cは、ハイタッチローン契約の決済直前である平成二年六月二二日の前日ないし当日ころに、被告の専務取締役D(被告社長の長男・以下「被告専務」という。)に対し、「ハイタッチローン契約の継続」を求め、被告専務に対し、電話で、「このままだと金利が高くなりますので、内容を変更して、契約を継続しましょう。」との連絡を入れて、とりあえず被告専務の承諾を得た(当時、被告社長は、旅行中で不在であった。)。
その際、Cは、被告専務に対し、右の時点で決済した場合には被告の被る損失がいくらであるのかについての説明はせず、「継続」という以外には何の説明もしなかった。
(3) その後、Cは、カレンダーオプション契約について、原告の外回りの被告担当者に書類を持参させて被告にこれを交付したが、しばらくして、被告社長が三〇〇万豪ドルでなされていることについて疑問を呈すると、Cは提案文書(甲一の一枚目のみ。甲一末尾添付の資料は被告社長及び被告専務は見せられていない。)を持参して、「この契約ならば、一年間で持値が七円程度安くなり、どのように考えても間違いのない商品であって、同様のローンを利用された方は皆さんこの商品を選択します。」などと被告に説明した。
右の提案文書は、「カレンダーオプションの活用によるオープンインパクトローンの持値改善案」という一枚の紙切れにすぎず、別途締結する豪ドルオプション契約の危険性はおろか、そもそも別途の契約を締結することになるという説明さえ記載されていなかった。しかも、最後にまとめとして、「現在豪ドル預金金利は三か月で約一四パーセントですので、高金利を得ながら相場好転時を待って円転すれば、為替差益を享受することも可能です。」、「豪ドル予約を延長するディスカウントによって持値は大幅に改善します。」、「現状では一年で七円ディスカウント・・貴社にとって有利に・・」と記載されており、ハイタッチローン契約が被告にとって有利に処理されるかのように、被告のメリットのみが強調されていた。
そこで、被告としては、このCの言葉や右提案文書を信じるしかなく、カレンダーオプション契約についてよく理解を深めないままに、ハイタッチローン契約の継続(実際にはカレンダーオプション契約の締結)を、円安指向の選択も含めて承諾した。
(4) カレンダーオプション契約によって被告が得る利益は最大で一三八〇万円であるのに対し、当時の豪ドルの為替変動からして一二一円五〇銭を一〇円程度下回ることは十分想定可能であったから、被告の被る損失が一三八〇万円以上になることは十分あり得たが、被告は、ハイタッチローン契約締結当時、右のような損失を被ることがあることは予想もしていなかった。
(三) 本件為替予約の締結について
(1) その後、円高が進んだため、平成二年一二月に、カレンダーオプション契約のうちの豪ドルオプション契約により本件為替予約が締結され、被告の義務が確定した。そのときには、平成二年六月よりも更に被告に為替差損が生じたが、原告から被告に対し、その点について特に何の説明もなく、Cは、またもや原告の外回りの被告担当者に書類を持たせて被告に交付し、本件為替予約の延長を行い、大蔵省がこのような延長をすべきでないと指導した平成四年二月以降もさらに延長し、右延長は合計三〇回以上にも上った。しかし、原告から被告に対し、右の各延長時点で、決済した場合の被告の被る損失額が被告に通知されたことはなく、当時の為替相場の基調どおり円高が進めば損失が拡大していくとの説明もなかった。
なお、被告は、その間、原告からの本来の借入金である本件証書貸付契約については、契約どおり、約定の返済を継続していた。
(2) Cは、平成四年一一月まで原告神戸支店に在籍していたが、Cが転勤した後である平成五年四月、原告は、被告に対し、初めて書面によって、右為替予約の延長に対する具体的な提案をし、被告が何の苦情も述べていない段階から、被告の被った損失のうち七五〇万円は原告が負担すると申し出ていた。
二 争点1(被告の錯誤の有無)について
1 本件インパクトローン契約及びオプション契約(ハイタッチローン契約、カレンダーオプション契約)の特徴
(一) インパクトローンについて
インパクトローンの主たる特徴は、① 銀行が、インパクトローンの原資をユーロ市場ないし東京ドルコール市場より調達していることから、これらの市場の取引慣行がインパクトローン融資条件(適用金利、最低取引単位等)に反映する点、② 外貨建債務であることから、為替差益が生じる可能性がある一方で、為替差損が生じる危険性を有する点、にある。
右特徴から、インパクトローンは、利用者に金利低減のメリットをもたらす可能性が生じるわけである。
しかし、他方で、為替差損が生じる危険もあるため、その防止策として、為替予約を併用する場合が多く、むしろ借入する者が外貨建債権を保有していない場合には、借入実行の時点までに、元利金について期日に足を揃えた為替予約を締結するよう勧奨する必要があるとさえいわれている。
(二) オプション契約について
(1) オプション契約とは、ある特定日(満期日)に、ある商品を、事前に取り決めた価格で購入する、または売却する「権利」の売買であって、買主が、当該「権利」の実行を放棄できる点に特徴がある。
本件で原・被告間で売買されたのは、通貨を用いたオプション契約(通貨オプション契約)であり、これには次の四形態がある。
① プットオプション権の買
通貨を売る「権利」を「買う」場合である。
当該通貨が値下がりすればするほど利益は増加する。つまり、円高期待のオプション契約である。
逆に値上がりすれば権利の行使を放棄することになるが、損失はオプション料が限度であり、損失の限度が確定している点で安全である。
② プットオプション権の売
通貨を売る「権利」を「売る」場合である。
当該通貨が値上がりすれば、相手が権利の行使を放棄するから、既に受領したオプション料が利益となる。つまり、円安期待のオプション契約である。
逆に、当該通貨が値下がりすれば、相手方が当該通貨を売る権利を持っているため、当該通貨を買う義務を負うこととなり、当該通貨が値下がりすればするほど損失は増加する。損失の可能性は無限大である。この点で投機的で危険なオプション契約といえる。
③ コールオプション権の買
通貨を買う「権利」を「買う」場合である。
当該通貨が値上がりすればするほど利益は増加し、利益は無限大である。つまり円安期待のオプション契約である。
逆に値下がりすれば権利の行使を放棄することになるが、損失はオプション料が限度であり、損失の限度が確定している点で安全である。
④ コールオプション権の売
通貨を買う「権利」を「売る」場合である。
当該通貨が値下がりすれば、相手が権利の行使を放棄するから、既に受領したオプション料が利益となる。つまり、円高期待のオプション契約である。
逆に、当該通貨が値上がりすれば、相手方が当該通貨を買う権利を持っているため、当該通貨を売る義務を負うこととなり、当該通貨が値上がりすればするほど損失は増加する。損失の可能性は無限大である。この点で投機的で危険なオプション契約といえる。
(2) 「権利」の買主と売主の立場の決定的相違
右から明らかなとおり、オプション契約においては、オプション権の買主の地位は安定しているのに対し、オプション権の売主は、為替相場の変動を予測し損なった場合、予想外の莫大な損失を被るというリスクを抱え込むことになる。オプション権の売主と買主との間には、際だった、しかも決定的な差が存するわけである。そして、銀行が顧客との間でオプション契約を締結する場合、必ずオプション権の買主となり、売主となることはない。
(3) 相対取引であること
以上から明らかなとおり、通過オプション取引・オプション契約は、オプション権の売買である以上、当事者としては売主と買主しか存在していない。すなわち、当該取引、オプション契約によって発生する権利関係はオプション権を売った者(本件では顧客である被告)と買った者(本件では銀行である原告。なお、原告は常に買う立場に立っている。)との間に発生するだけである。
2 銀行の説明義務等
(一) インパクトローン、オプション契約の専門性・危険性
(1) インパクトローンについては、オープンの場合、為替相場の動向いかんによっては顧客に為替差損を発生させることになる。したがって、その仕組みを充分説明する必要があることは当然であるが、その前に、顧客が特段海外との取引経験もなく、外貨債権を保有していない場合には、為替予約の併用を勧めるべきである。
すなわち、オープンインパクトローンを締結する場合には、その契約の仕組み・内容を説明するだけでは足りず、当該顧客がオープンインパクトローンを用いるに適した顧客かどうかも調査し、第一に先物為替予約を勧める義務が存するのである。
(2) オプション契約については、その仕組みが一層複雑であり、かつ、為替相場の変動に伴い、より莫大な損失を被る危険性があることは明らかである。
したがって、そもそもかようなハイリスク(しかもオプション権の売主の場合、得られる利益は限られている。)を勧誘すること自体妥当でないとも考えられる。そして、仮に許されるとしても、銀行が一般顧客との間でオプション契約を締結し、オプション権の売買を行うにあたっては、顧客がオプション契約の仕組み及び特性・危険性を充分理解できるように説明し、顧客に理解させる信義則上の義務を負っていると解すべきである。特に、オプション契約におけるオプション権の「売主」の地位の危険性からすれば、顧客がオプション権の「売主」となる取引にあっては、予測不能な莫大な損失が生ずる可能性を十二分に説明する義務がある。
(3) 特に、豪ドルオプション契約については、豪ドルという一般人に極めてなじみの薄い通貨を用いるものであり、為替相場の変動予測が米ドルよりも一層困難であることから、これを勧誘する場合には、豪ドルの為替相場の変動要因等、豪ドルに関する詳細な説明をする義務がある。
(二) 一般消費者・中小企業の特定金銭信託に関する知識の少なさ
オプション契約においては、銀行は、一般の顧客と比較にならないほどの専門知識・経験を有した上でオプション契約の当事者になるのであるから、銀行としては、専門知識を有しない顧客に対して当事者の知識の偏在・地位の決定的な差を十分考慮に入れた説明をする必要がある。
(三) 銀行の公的責任
銀行は健全な経済秩序を維持するという公共的性格を有する。したがって、銀行は、消費者が十分な情報を与えられた上で自己決定をなし得るよう説明を尽くす義務がある。
(四) 説明の内容・方法
以上のところからすれば、特にオプション契約を行う場合には、まずそもそもその契約が他の契約と一体となっておらず、この契約のみを分離して契約締結の可否が判断できることを顧客に理解させることが必要である。その上で、当該オプション契約が、為替相場の変動によって顧客にいかなる利得ないし損失を生じさせるのかについて、具体的な数字、具体的な資料を交付した上、当該顧客の取引経験に応じ、当該顧客が理解できるように、十分に説明しなければならない。
3 被告(C)の説明義務違反
(一) ハイタッチローンについての説明義務違反
(1) Cは、ハイタッチローン契約、それに含まれる各米ドルオプション契約の仕組み及び特性、危険性を被告に全く説明しなかったのみならず、本件において、先物為替予約の併用ではなく、各米ドルオプション契約の締結が必要な理由も説明しなかった。
特に、ハイタッチローン契約が予想どおり進んだとしても、被告にとっては若干の金利の改善があるにとどまるが、予想と逆行すれば被告に大きな為替差損を負担させるものである点につき、Cは全く説明しなかった。
(2) そもそも、Cは、被告に対し、各米ドルオプション契約については、単に貸金契約の利息を「減らす」措置であると説明をしただけで、ハイタッチローン契約全体について、通常の証書借入よりも金利低減のメリットのある商品としか説明していない。
すなわち、Cは、被告に対し、本件インパクトローン契約と各米ドルオプション契約が不可分一体の一つの契約であるかのように説明し、この方法しか採り得ない、選択の余地はないという形で契約締結を迫ったのである。
(二) カレンダーオプション契約についての説明義務違反
カレンダーオプション契約の締結にあたり、Cは、豪ドルオプション契約は一般に馴染みの薄い通貨を目的とするもので、為替相場の変動予測が米ドルよりも困難であったことから、豪ドルの為替相場の変動要因等、豪ドルに関する説明をする義務があり、また、豪ドルオプション契約は被告がオプション権の売主になり、取引単位が従来の三倍というものであり、従来の取引よりリスクは増加するのであるから、そのことを説明する義務があった。更に、右契約締結時点では、原告から被告に対する融資の本体は本件証書貸付契約に切り替わっており、当時の豪ドルの為替変動からして一二一円五〇銭を一〇円程度下回ることは十分想定十分可能であり、そうなれば被告がカレンダーオプション契約を締結することにより三〇〇〇万円の損失が生ずることになるのであるから、被告においてカレンダーオプション契約を取り組まず損失を一三八〇万円(オプション料)に固定するか、それともその支払を免れる代わりに豪ドルオプション契約を締結して右損失増大の危険を抱え込むかのかにつき、原告がその選択を適切にできるような説明をすべき義務があった。
しかるに、Cは、被告に対して右の説明をしなかった。
それどころか、カレンダーオプション契約について、Cは、ハイタッチローン契約の決済直前である平成二年六月二二日の前日ないし当日ころに、被告専務に対し、電話で「このままだと金利が高くなりますので、内容を変更して契約を継続しましょう。」との連絡を入れただけである。
4 本件為替予約等の錯誤無効
(一) ハイタッチローン契約についての錯誤無効
(1) 被告は、ハイタッチローン契約につき、通常の日本円による証書貸付融資の金利よりも、若干(三ないし四パーセント)金利が低減される(実質金利を引き下げる)融資方法であると説明を受け、そのように理解して右契約を締結したものである。
ところが、ハイタッチローン契約は、実際には為替変動が予想通り進んだとしても被告にとって若干の金利の改善が期待できるに止まるが、予想と逆行すると大きな為替差損の負担を受けることになるものであって、被告はそのような為替差損を生じ、大きな損失負担を強いられる場合があるとは全く考えていなかったのであり、被告がこのような内容を理解していればハイタッチローン契約を締結することはあり得なかった。
したがって、ハイタッチローン契約は、被告の、契約内容の要素(為替差損はハイタッチローン契約によって生じる権利義務の内容の最も重要な要素である。)の錯誤に基づくものとして無効である。
(2) 仮に、要素の錯誤に該当しないとしても、被告には金利低減のメリットしかない商品であるとの誤信による動機の錯誤があり、この動機について、被告は、ハイタッチローン契約の締結にあたり、Cに伝えてあることから、やはりハイタッチローン契約は錯誤無効となる。
(3) そして、ハイタッチローン契約は、本件インパクトローン契約と本件各米ドルオプション契約とが不可分一体となっているものであるから、これらの契約は一体として錯誤無効になるというべきである。
(二) カレンダーオプション契約についての錯誤無効
(1) 被告は、カレンダーオプション契約につき、ハイタッチローン契約以上に、その商品の複雑な内容並びに危険性について理解できていなかった。
カレンダーオプション契約を締結するにあたって、被告の借入金は通常の証書貸しである本件証書貸付契約に移行していることからみても、カレンダーオプション契約は、為替利益を得ることにより、ハイタッチローン契約において被告の被った為替差損を補填することを目的として設定されたものであって、カレンダーオプション契約は、投機性の非常に強い、文字どおりハイリスクハイリターン商品なのである。
原告がカレンダーオプション契約締結に際して提示した前記提案文書には、あくまで「持値改善策」と表記されているにすぎず、その危険性については全く触れられていない。被告は、Cから、カレンダーオプション契約は「持値が大幅に改善し、当時の現状で七円のディスカウントが可能である。」旨の説明を口頭でも受け、カレンダーオプション契約が右内容を実現できる安全な商品との前提で取引に応じたのである。
したがって、被告は、カレンダーオプション契約について、為替相場が予想と逆行すれば莫大な損害を被ることがあるという取引内容の基本的要素について全く説明を受けておらず、取引債務の本旨について誤認していたのであるから、契約の要素に錯誤がある。
(2) また、仮に要素の錯誤が認められないとしても、被告には動機の錯誤があり、右動機における誤認についてCが承知していたことはハイタッチローン契約の場合と同一であるから、やはりカレンダーオプション契約も錯誤無効となる。
(3) そして、カレンダーオプション契約は本件証書貸付契約と不可分一体であるから、これらの契約は一体として錯誤無効になる。
(三) したがって、本件為替予約も、以上に基づき被告に錯誤(動機の錯誤を含む。)があるから、無効である。
三 争点2(被告の詐欺)について
1 ハイタッチローン契約についての詐欺
(一) ハイタッチローン契約は、Cが、被告に対し、必要な説明を行なわず(説明義務違反)、かえって金利低減を図れるリスクのない商品であるとして勧誘して被告を欺罔し(不作為による欺罔)、被告を錯誤に陥れて締結させたものである。
(二) 被告は、原告に対し、平成七年七月二八日付け通知書により、ハイタッチローン契約全体について、詐欺による意思表示であるとして、これを取消す旨の意思表示をし、右通知書はそのころ原告に到達した。
2 カレンダーオプション契約、本件為替予約についての詐欺
(一) カレンダーオプション契約及びこれを前提とする本件為替予約についても、Cの欺罔行為による契約であり、詐欺による意思表示として取消し得べきものであることはハイタッチローン契約と同様である。
(二) 被告は、原告に対し、平成七年七月二八日付け通知書により、右契約全体について、詐欺による意思表示であるとして取消す旨の意思表示をし、右通知書はそのころ原告に到達した。
3 (原告の主張に対する反論)
(一) (原告の取消権の時効消滅の主張に対し)
被告が右各契約が詐欺により取り消し得るものであることを認識したのは、被告代理人に相談した平成五年六月であるから、被告の詐欺による取消権は時効消滅していない。
(二) (原告の被告の追認の主張に対し)
原告は為替変動が円安に回帰する時点まで取引を更新し、損失を減縮することを提案したので、被告としては求められるままに更新手続の書類の作成につき協力し、記名押印に応じたことはあるが、これによって取消し得べき行為を追認したものではない。被告としては、莫大な損失を原状回復するためには原告の指示どおりするしかなく、また、あくまでも被告には現実の損害をもたらされないことが当初からの原・被告間の合意内容であったことから更新に応じたまでであって、これを正当な取消権行使に対し阻害要素であるかのように論ずるのは不当である。
四 争点3(原告の本件為替予約の債務不履行の有無)について
1 前記のとおり、原告は、ハイタッチローン契約、カレンダーオプション契約及び本件為替予約に付随する説明義務を履行していない。右は、右各契約の債務不履行に当たる。
2 被告は、原告に対し、平成八年一一月二九日の本件第六回口頭弁論期日に、右債務不履行を理由に右各契約及び本件証書貸付契約(これはカレンダーオプション契約と一体のものである。)を解除する旨意思表示した。
3 なお、付随的義務違反といえども、それが瑕疵として重大であり、これにより著しく契約の一方当事者に不利益を与える場合には契約の解除を認めるべきであり、右説明義務違反が、瑕疵として重大であり、これにより著しく契約の一方当事者に不利益を与えることは、既に述べたところから明白である。
4 被告は、右原告の債務不履行により被告が被った損害は、原告が本訴において主張、請求する本件為替予約に基づく請求債権額と同額である。
五 争点4(原告の社員による不法行為の成否)について
Cの前記各欺罔行為は被告に対する不法行為を構成する。
そして、Cの右行為は被告の事業の執行につき行ったものであり、これにより、被告は、原告が本訴において主張、請求している額と同額の損害を被った。
六 争点5(原告が被告に対して請求し得る損害額)について
1 (前記被告の債務不履行に基づく損害賠償債権を自働債権とする相殺)
被告は、原告に対し、平成一一年二月一〇日の本件口頭弁論期日において、被告の原告に対する右損害賠償債権をもって、原告の被告に対する本件為替予約に基づく本件請求債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。
2 (前記被告の使用者責任に基づく損害賠償債権を自働債権とする相殺)
被告は、平成一一年二月一〇日の本件口頭弁論期日において、被告の原告に対する右損害賠償債権をもって、原告の被告に対する本件請求債権額と対当額で相殺する旨の意思表示をした。
3 したがって、原告主張の被告に対する損害賠償債権は存在しない。
第四原告の主張
一 ハイタッチローン契約及びカレンダーオプション契約に関するCの説明及び被告の認識等
1 原告と被告との従前の為替取引におけるCの説明及び被告の認識
被告が原告との間で平成元年六月に締結した三〇万米ドルのオープンインパクトローン契約は、返済時期に円高となれば為替差益が得られ、実質的に低金利で借りられるが、円安となれば為替差損が生じる取引である。Cは、この取引に際し、被告に対して、円高に推移すれば実質金利が安くなり、円安に推移すれば実質金利が高くなること、日本円の貸付と対比して、米ドル貸付の場合にどれくらい円高になれば金利が安くなるメリットがあるか及び損益分岐点はどこになるかといったことを簡単な説明書を使用して説明し、あわせて為替相場の動向や五年間くらいの相場表を渡した。被告はCの右説明等により、これらのことを理解し、納得したうえで、右オープンインパクトローン契約に取り組み、取組み後、円高になった平成元年六月中に返済用の為替予約を入れ、円高による利益を確保したのである。
このように、被告は、ハイタッチローン契約締結前に、オープンインパクトローン契約により円高になれば利益が得られること、その後の為替リスクを回避するには為替予約を行えばよいことをこの時点で知っていた。現に、被告は、原告との間で平成元年一〇月一二日までに行った「円転・円答」取引やインパクトローン契約により為替差損を被ったが、それにつき原告に苦情を述べたことは一切なく、相場であるから仕方がないという割り切った対応をしていたのである。
2 ハイタッチローン契約締結の際のCの説明及び被告の認識
その後、被告から原告に対し、不動産購入資金として三億円程度必要になるとの相談があったので、Cらが、被告に対し、平成元年一一月末ころディンクスローン(長期外貨建貸付、期限一括弁済型)について説明した。
これに対し、被告が一括弁済でなく分割弁済したいと希望したため、日本円による通常の貸付を検討したが、被告がより低利の貸付を希望したため、Cらは、借り入れ当初の時期だけでも金利を安くするために提案書を使用、交付して、ハイタッチローン契約の仕組み及びリスクを説明した。
その要点は、ハイタッチローン契約は、オープンインパクトローン契約にオプション契約を組み合わせることにより実質的な借入金利を軽減することができるが、被告が原告にオプション権を売却するので、被告には原告がそのオプション権を実行するというリスクが残るということである。そのリスクについては、円高指向の契約方法と円安指向の契約方法があることをまず説明し、期日に為替相場が契約した指向どおり(本件の場合であれば、平成二年六月二七日に一四二円一〇銭より円高)になれば、原告はオプション権を行使しないため、被告は低利借入のメリットだけを受けるが、一方、指向と逆(本件の場合であれば、右当日限り右金額より円安)になれば、原告がオプション権を行使し、一米ドル当たり締結相場と期日の実勢相場との差額の損失を生じるという説明をした。なお、平成元年一二月二八日の公示相場の中値は一米ドル一四二円程度であった。
これに対して、被告は、オプション契約自体については初めての経験であったが、従前のオープンインパクトローン契約の経験もあったので、相場感や為替差損・差益の発生の仕組みについての知識はあり、被告専務は細かい点まで何度も質問をし、Cが詳しく説明をしたので、被告社長、被告専務とも、この取引の意味するところを十分理解した。なお、Cはハイタッチローン契約の説明のため、平成元年一二月中に二、三回は被告に説明に赴いている。最終的な説明は同月二六日に被告社長と被告専務同席の上で行い、両者の了解を得て、同月二八日、ハイタッチローン契約の締結に至ったものである。
平成元年当時、日本円は、米ドルに対して、概して円安傾向であったが、過去数年間は、その時々によって変動はあるものの、円高基調が続いてきた。そこで、被告は、円高指向を選択し、ハイタッチローン契約を締結したのである。
3 カレンダーオプション契約締結の際のCの説明及び被告の認識
ところが、その後、為替相場は円安傾向のまま推移し、被告専務から、Cに対し、円安なので、このままでは損が出てしまいそうで心配である旨の電話が何回かあった。
そして、期日の近づいた平成二年六月に入っても、一米ドルが一五〇円台の前半で推移したので、被告と原告は、ハイタッチローン契約についての本格的な対策の検討に入った。
Cは、被告専務と、平成二年六月一九日、右対策について協議し、Cは長期のインパクトローン契約に切り替えるという方法はどうかと述べたが、従前から被告は賃料収入からの分割返済を希望していたので、その点が障害となり、Cはその提案を撤回した。そして、Cは、カレンダーオプション契約による対応を提案した。それは、豪ドルの金利が高く、またオプション料が安いので、被告にとって有利であったこと、豪ドルの為替相場の動向は米ドルに比べて安定していたことからであった。当時、被告専務は、豪ドルオプション契約の仕組み・リスクは理解したが、右Cの提案に対し、これを実行するかどうかについては少し考えたい、社長とも相談したいと答えた。
その後、Cは、被告社長と被告専務がいる場所で再度説明した。Cは、その説明に際し、豪ドルの過去の為替相場の推移表を全て被告に渡し、さらに円高指向のものと円安指向のものが選択可能であることも説明したし、さらに、被告に対し、提案書(甲一の添付書類)を提示・交付してこれに基づいて説明した。なお、右提案書には、円高になった場合のリスク(原告によるオプション権行使)についての説明も記載されている。
そこで、被告社長と被告専務は、右説明を全て理解し、豪ドルオプション契約によれば、平成二年一二月二六日に一豪ドルが一二一円五〇銭より円高になれば、原告がオプション権を行使するので、被告において期日の実勢相場との差額の損失が発生するというリスクがあり、リスクが従来のものに比べて更に大きくなるという点についても十分理解した。
その上で、被告は、従前の為替取引が円高指向で失敗していたことから円安指向のものを選択し、原告との間で、平成二年六月二二日、豪ドルオプション契約を含むカレンダーオプション契約を締結したのである。そして、平成二年六月二二日の公示相場では、一豪ドルの中値は一二二円程度であった。
なお、被告は、右契約に際し、もし見通しが外れて原告がオプション権を行使したときは、為替予約を締結・延長し、円安になるのを待てばよいと明言していた。
二 争点1(被告の錯誤の有無)、2(原告の詐欺)、3(原告の本件為替予約の債務不履行の有無)、4(原告の社員による被告に対する不法行為の有無)について
1 Cのハイタッチローン契約の際の説明義務違反について
そもそも、原・被告間の従前の取引経過からみて、被告はハイタッチローン契約以前に為替取引を経験しており、かつ為替変動によって利益を得たり、損失を被ったりしていたのであるから、その時点で被告は為替リスクについては十分承知しているはずである。また、当然のことながら、為替変動による利益、損失は、一ドルあたりの変動額に取組ドル額を単純に乗じれば簡単に算出できるものであって、それ以外の計算は不要であるから、高学歴者である被告社長及び被告専務が、このような計算を理解できないはずもない。
そして、被告にとって、実質的な金利を下げることに最大の関心があったとすれば、被告が金利の高い米ドルを借り、かつ為替リスクのあるオープンインパクトローン契約に取り組む際に、どのようにすれば実質的な金利が下がるかということを検討しないことなどあり得ない。
そこで、被告は、ハイタッチローン契約に先だって取り組まれた、平成元年六月のオープンインパクトローン契約締結の際に、既にオープンインパクトローン契約により円高になれば利益が得られること、逆に円安になれば損失を被ること、そのような為替リスクを回避するには為替予約を行えばよいことを知っていたのであるから、このような被告に対し、ハイタッチローン契約締結の際に、Cが「オプション契約しか選択の余地はない。」などと言うことは絶対にありえない。
2 Cのカレンダーオプション契約の際の説明義務違反について
被告は、カレンダーオプション契約成立の日である平成二年六月二二日は、被告社長は旅行で不在であったと主張しているが、被告においては、被告社長と被告専務は全くの一心同体で経営を行っており、さらに事前に十分説明を聞き、被告社長と被告専務とが協議した上で、カレンダーオプション契約に取り組むことに決定したのである(取組日に社長が不在であったとしても、被告社長の事前の承諾があったことは明白である。)。
また、その際にCから被告に対して示された前記提案書は、カレンダーオプション契約成立前に示されたものであるし、右提案書の「七円のディスカウント」との記載は、カレンダーオプション契約により、原・被告間に本件為替予約が成立して被告に損失が生じた場合にどうするかの対応策についての説明であり、カレンダーオプション契約によって被告に不利益が生じる場合があることを説明したことは明白である。
3 以上のとおり、原・被告間の従前の為替取引の経過やハイタッチローン契約及びカレンダーオプション契約締結の際のCの説明から、Cには何ら被告に対する説明義務違反はないし、被告は右各契約の内容を完全に理解して右各契約を締結したのであるから、被告の本件為替予約を含む各契約の錯誤無効、原告(C)の詐欺行為、Cの不法行為、原告の債務不履行の各主張は、いずれも理由がない。
4 被告の主張に対する反論
(一) (被告のオプション契約についての認識)
被告は、「ハイタッチローンはオープンインパクトローンの一種であり、実質金利を引き下げられるものと理解していた」「被告は実質金利の引き下げにしか関心がなく、それ以上の利益獲得を目的としていなかった」旨主張する。
しかし、被告が「実質金利の引き下げに関心があったのなら、どのようにすれば金利が引き下げられるのか、という点にも重大な関心があったであろうし、被告は、当時既にインパクトローン及びオープンインパクトローンを経験済みで、米ドルの金利は高いこと、オープンインパクトローンは為替リスクが伴うことは知っていたのであり、被告が「実質金利を下げることが最大の関心事」であるなら、金利の高い米ドルを借り、かつ、為替リスクのあるオープンインパクトローンを取り組んで、どのようにすれば実質金利が下がるのかを検討しないなどということなどあり得ない。
(二) (甲一の内容と説明)
甲一(「持値改善案」と題する文書)は、カレンダーオプション契約成立前に、予約が発生して損失が生じた場合の対処策を含めて説明したものであり、その記載内容から、被告に不利益が生ずる場合のあることも説明したことは明らかであり、被告が主張するように利益の点のみ説明したものではない。
(三) (被告の損失と原告の利益との関係)
被告は、本件請求による利益は終局的に原告に残る旨主張するが、それは誤解である。為替予約取引においては、金融機関である原告は、必ず為替市場でカバー取引を行っているのであり、本件取引においても、カバー取引の結果損失を生じているのであり、その損失を被告に請求しているのであって、原告には利益など一円たりと残らない。
三 争点2(原告の詐欺)について
1 (取消権の時効消滅)
(一) 本件各契約は、平成元年から平成二年にかけて行われたものである。被告がこれらについて詐欺による意思表示であるとして取消を主張したのは平成八年七月一日で、既に本件各契約が締結されてから五年以上経過した後である。
(二) そこで、原告は、被告に対し、平成八年九月二日、右取消権についての消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
(三) 被告は、平成五年六月に被告代理人に相談して初めて取消し得べきものであることを認識したと主張しているが、平成五年六月に新たな事実を知ったわけではなく、弁護士に相談しなければ取消しうべきものと認識したことにはならないということはあり得ない。
2 (追認)
仮に、被告が取消し得ることを知ったのが平成五年六月であったとしても、被告は以後も為替延長契約を継続しているから、これは取消し得べき意思表示の追認にあたる。
四 争点5(原告の損害)について
1 被告の本件為替予約の債務不履行による原告の損害発生日は、本件為替予約の履行期日である平成七年七月三一日であり、したがって、原告は、本件為替予約に係る売値の一豪ドルあたり一二一円五〇銭と、平成七年七月三一日の豪州ドルの中値である六五円二八銭との差額の三〇〇万豪ドル分合計一億六八六六万円の損害を被った。
2 仮に、原告の損害発生の日が右のとおり認められない場合には、原告は、右契約解除の意思表示をした同年八月一日(当日の豪州ドルの中値は六五円四八銭であり、損害額は一億六六二〇万円である。)、そうでない場合には右契約解除の意思表示の到達した日の翌日である同月二日(当日の豪州ドルの中値は六五円七九銭であり、損害額は一億六五二七万円である。
3 よって、原告は、被告に対し、右損害のうち一億六五二七万円及びこれに対する平成七年八月二日から完済に至るまで年一四パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。
第五当裁判所の判断
一 事実経過
1 前記前提となる事実(第二、一)及び証拠(甲一、二〇の一ないし四、乙六、一〇の一ないし三、証人D、同C、被告代表者)によれば、以下の事実が認められる。
(一) 被告の経営は、被告社長と被告専務が共同で行っていた。
被告社長は大学を卒業しており、被告専務は大学院修士課程を卒業し、一級建築士の資格を有している。
(二) 原告と被告とは昭和六〇年ころから初めて取引を開始したが、被告はそれまでは金融機関とはa信用金庫としか取引をしておらず、いわゆる都市銀行と取引をするのは原告が初めてであった。
(三) 被告は、昭和六三年ころから本件ビルの購入を計画し、原告及びa信用金庫に融資の打診をした。そこで、原告の被告担当者が被告に対し、「自分のところは都銀だから、信金とは違っていろいろ安い金利で利用できる商品があるので、それを利用しないと損だ。」などと言って、原告から何らかの金融商品による融資を受けることを勧めた。そのため、被告は、とりあえず、予定している本件ビル購入の手付金に充てるなどの目的で、前記前提となる事実(第二、一)2のオープンインパクトローン契約や円投・円転取引を行った。被告が右オープンインパクトローン契約を締結したのは、原告の主たる営業は貸ビル業であり、安定した収入はあるが利回りがそれほど高くないのに対し、国内の金利がかなり高かったことから、少しでも安い金利で資金調達したいという原告の希望を考慮して、Cら被告の担当者が勧めたものであった。
(四) 被告は、右各取引と並行して、本件ビル購入のため、原告と手付金二七〇万円を除く残代金約一億三五〇〇万円の融資についての交渉をした。その際、原告の担当者としてCが、被告社長及び被告専務と面談した。Cは、原告において昭和四九年一一月から外国為替部門を担当しており、外国為替取引のエキスパートであった。
Cは、当初、日本円にして三億円相当の豪ドルによるディンクスローンという長期外貨貸付を勧めたが、被告から、三億円も必要ないし、被告の経営上、毎月の分割返済でないと困るという理由で断られた。
次に、Cは、平成元年一二月二六日に被告社長及び被告専務と面談し、ハイタッチローン契約を勧めた。「ハイタッチローン」は、インパクトローンにオプション契約を組み合わせた被告の金融商品名である。被告は、六か月経てば購入予定の本件ビルにテナントが入り、賃料も毎月入ることから、その間の実質金利を圧縮し、六か月後に本件インパクトローン契約を本件証書貸付契約に切り替えて分割返済するハイタッチローン契約は都合がよかったので、Cの勧めに従い、ハイタッチローン契約の取り組みを承諾した。
Cは、事前に被告社長及び被告専務に対し、オプション権やオプション市場がどういうものかを口頭で説明したが、ハイタッチローン契約において為替相場の変動によって被告が被るかもしれない損失(リスク)については、オープンインパクトローン契約と比較して、ハイタッチローン契約の場合には、最悪の場合でも、原告のオプション権の行使による先物為替予約のみが残り、それは他の手段に切り替えることができるといった説明をしただけであった。しかし、被告は、原告が都市銀行であることから、実質的には金利の圧縮ができた上、最終的に被告が損失を被ることはないようにしてくれるであろうと信頼して、ハイタッチローン契約の締結に応じたものである。
(五) 原告は、その後の平成二年一月から三月にかけて、被告に対し海外不動産に対する投資を勧め、Cも何度か被告社長及び被告専務に面談して右投資を勧誘をしたが、被告は、海外投資の経験もなく、海外不動産の市況は分からないし、どうしても為替相場がからんでくることになって、見通しが立ちにくいと言って、これを断った。
なお、Cが被告社長、被告専務と面談した際には、ハイタッチローン契約後の為替相場の円安傾向についても話が出たが、その時すぐに対策を立てるということはなかった。
(六) Cは、平成二年六月一九日に被告専務と面談し、ハイタッチローン契約後の為替相場の円安傾向についての対策を話し合った。当時、円安が進み、一米ドル一五五・六円という状態になっており、そのまま推移すればハイタッチローン契約のオプション契約の被告の義務が残る可能性が極めて高い状態となっていた。なお、その日、被告社長は、旅行中で不在であった。
その際、当初、長期オープンインパクトローン契約に切り替えるという案が検討されたが、そもそも本件ビル購入から六か月経てば賃料による分割返済ができることからハイタッチローン契約を締結したのであって、長期に切り替えると分割返済ができないということで、この案は採用されなかった。
そこで、Cは、被告専務に対し、カレンダーオプション契約を導入する方法を提案し、これにつき、「カレンダーオプションの活用によるオープンインパクトローンの持値改善案」と題する文書(甲一・以下「提案書」という。)を示して、その記載のとおりの説明をした。
右提案書は、本文冒頭に「現在お借入中のオープンインパクトローンの持値改善案の一案として、掲題スキームをご案内させていただきますので、ご検討のほどよろしくお願い申し上げます。」と記載され、その内容として次のとおりの記載のあるものであった。
「カレンダーオプション契約の締結によって、次のような効果が得られます。
(1) 平成二年六月二九日には、現在お借入のオープンインパクトローン米ドル一〇〇万ドルを取組時相場と同じ一四二円一〇銭で必ず決済することができます。
(2) 上記(1)の対価として、貴社には三か月先のオプション権を当行に売却していただきます。
平成二年九月二九日の実勢相場が
ア 一二二円より豪ドル高円安の場合、(一豪ドル=一二五円)
当行はオプション権を放棄します。即ち貴社には何の義務も発生しません。
イ 一二二円より豪ドル安円高の場合、(一豪ドル=一二〇円)
当行はオプション権を行使します。
即ち貴社と当行の間に次のような内容の取引が成立します。
TTS(輸入)予約(貴社の豪ドル買い予約)
金額 三〇〇万豪ドル
期日 平成二年九月二九日
締結相場 一二二円
上記で予約が発生した場合の対処策
(1) 豪ドル建外貨預金を上記予約を使って作成する。
現在豪ドル預金金利は三か月で約一四パーセントですので、高金利収入を得ながら相場好転時を待って円転すれば、為替差益を享受することも可能です。
(2) 予約の延長を続ける。
現在豪ドル予約を延長するディスカウントによって持値は大幅に改善します。(現状では一年で七円ディスカウント)即ち延長によって予約の締結相場は貴社に有利・・・」
なお、Cは、被告専務に対し、原・被告間に為替予約が発生した場合の対処策として挙げられている「(2) 予約の延長を続ける」との項の記載の意味について、今後の為替相場の推移として、一年で七円の円安になることが見込まれるから、そうなれば持値は大幅に改善すると説明した。また、Cは、当時豪ドルの方が米ドルに比べて金利が高かったこと、これまでは円高指向の取り組みをしてきたが、成功したのは最初だけで、その後は円安に振り続け、成功していなかったので、円安指向の取り組みを勧めたものであった。
被告専務は、都市銀行で、従来から取引のある原告からの提案である上、Cの説明では被告が損失を被る場合があることは明示されず、かえって、Cの説明は、被告には何ら損害は発生しないような方策で取り組み、原告においてそのように対処することを約束する趣旨のものと理解されたことから、仮に豪ドルオプション契約によるオプション権を原告が行使することになっても、原告自身がそういう事態となった場合の対策を事前に考えてくれており、当初の目的どおり、実質的な金利の圧縮ができた上、最終的に被告が損失を被ることはないであろうと考えた。
(七) その後の同月二二日、被告は、Cが提示した数字でカレンダーオプション契約を締結することを承諾した。そして、被告社長は、原告から提示されたカレンダーオプション契約の締結に必要な書類(甲一二、一三)に署名押印し、これを作成した。
そこで、この時点限りにおいては、被告は、ハイタッチローン契約のうちの本件インパクトローン契約及び米ドルオプション契約①によって、当初の目的である実質的な金利の圧縮の利益を得ることができ、かつ、カレンダーオプション契約により、ハイタッチローン契約のうちの米ドルオプション契約③により被るはずの損害を顕在化させずに済んだ。
(八) その後、Cの予想に反して、豪ドルの為替相場が円高に推移したため、豪ドルオプション契約によって被告に損失が発生することとなったが、原告は、被告との間で為替予約を締結して豪ドルオプション契約によるオプション権を行使し、右為替予約を繰り返すことによってその予約期日を延長する方法を採り、被告にもそのような処理をすることについて承諾を得た。
そして、その後、前記のとおり三五次にわたって為替予約の期日が延長されたが、結局、原告は被告に対し、平成七年八月一日、本件為替予約を解除した。
2(一) ところで、証人D及び被告代表者は、本件各契約の説明は、原告の被告担当者のうち、いつも被告の会社に顔を出す営業担当員から受けただけで、Cから本件各契約について説明を受けたことはないとか、本件各契約に必要な書類は、印刷部分以外空白の状態のうちに署名し、その後原告が勝手に必要事項を書き込んだものにすぎないなどと、それぞれ証言ないし供述する。
しかし、被告の事業規模や内容、被告社長及び被告専務の各学歴等からすれば、被告社長及び被告専務が、当該取引の相手方の責任者と思われる人物から、全く直接説明を受けずに、本件各契約のような多額の金銭がからむ契約に必要な書類に、しかもそれが印刷部分以外空白の段階で署名押印するなどということは到底考えられないことである。また、証拠(甲二〇の一ないし四、証人C)によれば、Cが本件各契約の締結に際し、少なくとも右認定の限度では、事前に被告社長及び被告専務と面談して本件各契約の仕組み等について説明をしたことは明らかであり、そうであれば、原告の担当社員が、被告に対して、本件各契約に必要な書類が印刷部分以外空白の段階でそれに署名押印することを求める理由もない。
したがって、右証人Dの証言及び被告代表者の供述は信用できない。
(二) 他方、証人Cは、ハイタッチローン契約及びカレンダーオプション契約を被告(被告社長や被告専務)に説明する際には、必ず文書を提示して説明した旨証言する。
しかし、本件において、Cが被告に対する説明に使用した文書として提出されているものは、提案書(甲一・為替相場推移表添付のもの)だけである(提案書は、被告代理人から原告代理人に対して送付された質問状に添付されていたもので、もともと被告の手元にあったものである〔弁論の全趣旨〕)。銀行である原告において、本件各契約のような技術的で一般には馴染みのない金融商品ないし取引の顧客に対する説明に用いた文書が存在したのであれば、通常であればそれは保管されているものと考えられ、それが提案書以外本件訴訟において提出されないということは、提案書以外にCが被告に示して説明した文書は存在しなかったことを窺わせるものといえる。したがって、右証人Cの証言はそのまま採用できない。
二 オプション取引等について
1 オプション取引について
前記前提となる事実(第二、一)及び証拠(甲二、乙三ないし五)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
本件におけるオプション権とは、一定の期日において、約定の一定の為替相場に従って通貨を売り買いする権利のことであり、この権利の売買を目的とする通貨オプション契約の形態、特性等は、前記被告の主張(第二)二1(二)(1)記載のとおりである。
すなわち、オプション取引によって、オプション権の売主はオプション料を、買主はオプション権を取得するが、このようなオプション取引においては、一般的に、オプション権の売主の得る利益はオプション料が限度である(オプション権の買主の損失はその限度に確定される。)のに対し、オプション権の買主は、その後の現実の為替相場の変動により、オプション料に相当する金額以上の大幅な利益を上げることが可能である(オプション権の売主の損失はオプション料に相当する金額に限定されず、それ以上に大幅に増大する危険がある。)。
なお、オプション取引については、オプション権の買い手が取引を終わらせるやり方として、いつでも自由に権利行使ができるアメリカンタイプと、限月、つまり決められた取引期限まで権利行使ができないヨーロピアンタイプとがあるが、本件で行われたオプション取引はいずれもヨーロピアンタイプであった。
2 ハイタッチローン契約について
前記前提となる事実(第二、一)及び証拠(甲二、証人C)によれば、ハイタッチローン契約は、以下のようなものであることが認められる。
(一) ハイタッチローン契約は、本件インパクトローン契約と三つの各米ドルオプション契約が組み合わされたものであるが、各米ドルオプション契約のうち、米ドルオプション契約①と米ドルオプション契約②の二つの契約の趣旨は、次のとおりである。
まず、ハイタッチローン契約後、実際の為替相場が円安になった場合、被告は、米ドルオプション契約①のオプション権を行使して、原告から一米ドル一三九円三五銭で一〇〇万米ドルを買い入れることになる。他方、原告は、米ドルオプション契約②のオプション権を行使しても損をするだけであるから、これを行使しない。
逆に、円高になった場合、被告は、米ドルオプション契約①のオプション権を行使しても損をするだけであるから、これを行使しない。他方、原告は、米ドルオプション契約②のオプション権を行使するので、原告は被告に対し、一米ドル一三九円三五銭で一〇〇万米ドルを売ることになる。
したがって、実際の為替相場が円安ないし円高のいずれになっても、被告は一米ドル一三九円三五銭で一〇〇万米ドルを取得できる。
このように、米ドルオプション契約①②は、本件インパクトローン契約に為替予約を付けたのと同じ効果を生じさせる趣旨で締結されたものである。
(二) ハイタッチローン契約締結当時、日本円による融資の長期プライムレートは約六・五パーセントであったが、本件インパクトローン契約により、被告は、一〇〇万米ドルを原告から借り入れ、その当日一米ドル一四二円一五銭で日本円に替えているので、結局、被告は、原告から日本円で一億四二一五万円を借り入れたことになる。
これに対する返済は、米ドルオプション契約①ないし②のいずれかで取得する一〇〇万米ドルを充当することになるので、それにかかる費用は、日本円で一億三九三五万円ということになる。
そして、本件インパクトローン契約の利息は年利(三六〇日計算)八・八七五パーセントで、返済日(米ドルオプション契約①②の決済日)までの期間は一八二日(平成元年一二月二九日貸付、平成二年六月二九日返済)であったから、その利息は四万四八六八・〇五ドル(一〇〇万米ドル×八・八七五パーセント×一八二日÷三六〇日=四万四八六八・〇五ドル)ということになる。
被告は、契約と同時に右利息分について米ドルの買い入れ予約をし、その予約の価額は一米ドル一四一円三二銭であったので、この時点で、被告の支払うべき利息は、日本円にすれば六三四万〇七五二円と確定している。
したがって、ここで米ドルオプション契約①②のオプション料を計算に入れなければ、被告は、原告からの一億四二一五万円の借り入れについて、返済時には、元本の一〇〇万米ドルについて、米ドルオプション契約①②のいずれかにより日本円で一億三九三五万円で返済でき、また利息の四万四八六八・〇五ドルについては、日本円で六三四万〇七五二円で返済できるから、結局、両者の合計の一億四五六九万〇七五二円で元本利息ともに返済できることになる。
したがって、その元本との差額分は、三五四万〇七五二円であるから、これだけの内容であれば、その実質金利は四・九二六パーセント(三五四万〇七五二円÷一億四二一五万円÷一八二日×三六〇日=〇・〇四九二六)ということになり、実質金利は長期プライムレートを下回ることになる。
(三) ところが、米ドルオプション契約①において、被告が原告に支払うべきオプション料が五〇〇万円で、同②において、原告が被告に支払うべきオプション料が二六〇万円であることをも考慮に入れると、その差額である二四〇万円は、被告が原告に支払うことになる。
したがって、被告は、本件インパクトローン契約による貸付の返済時に、右一億四五六九万〇七五二円に加えてさらに二四〇万円を支払うことになるから、被告の右返済のために必要な費用額は、一億四八〇九万〇七五二円ということになる。
そうなると、その元本との差額分は五九四万〇七五二円となり、実質金利は八・二六六パーセントとなるので、それは長期プライムレートを上回ることになってしまう。
そこで、このオプション料の差額二四〇万円に見合うオプション契約を締結して、各米ドルオプション契約のオプション料を全て相殺するために、米ドルオプション契約③が取り組まれたのである。
(四) 米ドルオプション契約③は、原告が被告から一〇〇万米ドルを一米ドル一四二円一〇銭で買う権利を取得するという内容であったから、その決済日において、一米ドルが一四二円一〇銭以下の円高になっていれば、原告はそのオプション権を行使せずに為替市場から米ドルを手に入れた方が得であるから、オプション権を行使しないので、被告は損をしない。
しかし、一米ドルが一四二円一〇銭以上の円安になっていれば、原告はオプション権を行使するので、被告は、一米ドル一四二円一〇銭以上で一〇〇万米ドルを市場から買い入れて、それを原告に一米ドル一四二円一〇銭で売却しなければならなくなり、その差額分の損失を被ることになる。
(五) 米ドルオプション契約③を締結する際に、為替予約付売る権利を売ることも可能であり、この場合には、円安になれば被告は何の負担もかからないかわりに、円高になれば被告は損失を被ることになる。
したがって、円高になるのか、円安になるのかを予測して、為替予約付買う権利を売却するのか、為替予約付売る権利を売却するのかを選択することになる。米ドルオプション契約③は、円高予測に基づく取り組みであった。
3(一) ところで、ここでハイタッチローン契約が成功した場合、被告が得る利益は、通常の日本円での融資の場合の金利の額である四六〇万七二一七円(一億四二一五万円×〇・〇六五パーセント〔長期プライムレート〕×一八二日÷三六五日=四六〇万七二一七円)から、各米ドルオプション契約が成功した場合の、ハイタッチローン契約の全ての決済に必要な費用から本件インパクトローン契約の元本を差し引いた差額分の三五四万〇七五二円(一億三九三五万円+六三四万〇七五二円-一億四二一五万円=三五四万〇七五二円)を差し引いた一〇六万六四六五円であり、これに確定される(被告がそれ以上に利益を得ることはありえない。)。
これに対し、仮に円高が強く予測されるのであれば、通常のオープンインパクトローン契約を締結すれば、その為替差益は全て被告が得られることになるのであるから、その実質的な金利の低減は、各米ドルオプション契約を併用するハイタッチローン契約よりも、より多く見込まれることになる(それどころか元本も減らすことが可能である。)。
そこで、このような見地からは、被告にとって必ずしもハイタッチローン契約を利用する必然性はないことになる。
(二) 他方、予測とは逆に円安になった場合に、通常のオープンインパクトローン契約よりもハイタッチローン契約の方が、為替相場変動のリスクの低減をかなりの程度図りうるというのであれば、ハイタッチローン契約では通常のオープンインパクトローン契約で得られるメリットが得られなくなることを考えても、なおハイタッチローン契約を利用するメリットがあるということになる。
この点、米ドルオプション契約①によって被告の有するオプション権が、被告が原告から一〇〇万米ドルを一米ドル一三九円三五銭で買付ける権利であり、他方、米ドルオプション契約③によって原告の有するオプション権が、原告が被告から一〇〇万米ドルを一米ドル一四二円一〇銭で買付ける権利であることからすれば(なお米ドルオプション契約②によって原告の有するオプション権は円安の場合、行使しても原告が損をするだけなので行使されない。)、仮に円安になったとしても、その差額である二七五万円分(一〇〇万米ドル×〔一四二・一〇円-一三九・三五円〕=二七五万円)は、被告が通常のオープンインパクトローン契約よりも得をすることは確定される。
例えば、ハイタッチローン契約を締結して円安になってしまった場合(本件のように一米ドルが一五四・九〇円になってしまった場合)、被告は米ドルオプション契約①のオプション権を行使して一〇〇万米ドルを一億三九三五万円で調達できるから、市場から一〇〇万米ドルを調達するよりも(その場合は一億五四九〇万円かかることになる。)、一五五五万円、得をするが、原告も、米ドルオプション契約②によるオプション権は行使しないものの、米ドルオプション契約③のオプション権を行使して一〇〇万米ドルを被告から一億四二一〇万円で調達できるから、それによって、被告は一二八〇万円の損失を被ることになり、結局、被告はその差額である二七五万円、通常のオープンインパクトローン契約よりも得をすることになる。
もっとも、本件の場合と通常の日本円による融資の場合とを比較すると、通常の日本円での融資の場合の金利の額は前記のとおり四六〇万七二一七円であるところ、ハイタッチローン契約の場合、本件のように一米ドル一五四円九〇銭という円安になれば、実質的な金利分としてかかる費用は一六三四万〇七五二円(一億三九三五万円〔米ドルオプション契約①にかかる費用〕+一二八〇万円〔米ドルオプション契約③による損失〕+六三四万〇七五二円〔利息分〕-一億四二一五万円〔本件インパクトローン契約の元本〕=一六三四万〇七五二円)となり、実質的な金利の低減は全く望めないどころか、実質的な金利ははるかに高額化することになる。
本件の場合であれば、結局、被告はハイタッチローン契約により、日本円での通常の融資を受ける場合と比較して、一一七三万三五三五円(一六三四万〇七五二円-四六〇万七二一七円=一一七三万三五三五円)の損失を被ったことになる。
なお、本件の場合以上に円安が進んだと仮定すると、米ドルオプション契約③による損失は更に多額のものとなるから、実質金利分の額もはるかに大きくなってしまうことになる。
そういう意味では、仮に通常のオープンインパクトローン契約よりも二七五万円得をするといっても、その程度の利益は、いわば焼け石に水程度になってしまうことが十分ありうるといえる。
結局、ハイタッチローン契約であっても、被告が為替相場の変動によって大幅な損失を被る危険があることは通常のオープンインパクトローン契約と変わりがない(ただ、その損失がオープンインパクトローン契約の場合より二七五万円必ず少なくなるというだけである。)。
そして、オープンインパクトローン契約では、そのリスクと同時に為替相場の変動により大幅な利益が見込まれるのに比べて、ハイタッチローン契約の場合、見込まれる利益が一〇六万六四六五円に確定されていることを考慮すれば、損失がオープンインパクトローン契約の場合より二七五万円必ず少なくなるという程度のリスク軽減に、どれほどの価値があるといえるのかは大いに疑問である。
(三) 結局、円安になることを想定して、ハイタッチローン契約を通常のオープンインパクトローン契約と比較した場合でも、その場合のリスクの軽減は、あまり見込めないということになる。
したがって、通常のオープンインパクトローン契約が、被告にとってハイリスクハイリターンな金融商品であるのに対し、ハイタッチローン契約は、被告にとってハイリスクローリターンな金融商品であるということになる(実際、被告が一〇六万六四六五円の利益を得るためにハイタッチローン契約に取り組み、結果的に一一七三万三五三五円の損失を被ったことからも、そのことは十分明らかである。)。
なお、このことは、米ドルオプション契約③について、被告が円安指向を選択し、原告が被告に一〇〇万米ドルを売る権利(プットオプション権)を売った場合でも、予測とは逆に円高になった場合には、上記と全く同じことが当てはまるから、いずれにせよハイタッチローン契約が被告にとってハイリスクローリターンな金融商品であることには変わりがない。
4 カレンダーオプション契約について
前記前提となる事実(第二、一)及び証拠(甲二、証人C)によれば、カレンダーオプション契約の趣旨は、以下のようなものであると認められる。
(一) カレンダーオプション契約は、本件各米ドルオプション契約の権利行使日を目前にした平成二年六月二二日の時点において、米ドル相場は円安に推移して一米ドル一五四円九〇銭となったことから、この状態でハイタッチローン契約をすべて実行すると被告に損失が発生することになることから、これを解消するためのものとして、Cの提案、推奨により締結されたものである。
すなわち、ハイタッチローン契約において被告の損害発生の原因となった米ドルオプション契約③を解消するために米ドルオプション契約④が必要とされたが、米ドルオプション契約④のオプション料が一三八〇万円であったため(なお、このオプション料は、被告が米ドルオプション契約③で被った損害である一二八〇万円に、原告の手数料一米ドル一円、合計一〇〇万円を加えて決定されたものである。)、このオプション料を解消するために、オプション料一三八〇万円の豪ドルオプション契約が取り組まれたのである。
そこで、米ドルオプション契約④と豪ドルオプション契約とを組み合わせたカレンダーオプション契約が原・被告間で締結されたのである。
本件各米ドルオプション契約に係るオプション権行使期日時点で、ハイタッチローン契約を実行して取引を清算し、被告の損害を確定するという方法もあったが、Cの提案、推奨でカレンダーオプション契約の方法が採られたのである。
(二) そして、カレンダーオプション契約において、米ドルオプション契約④は米ドルオプション契約③を解消するため、米ドルオプション契約③の権利行使期日と同じ日である平成二年六月二七日に権利行使期日が設定され、その日をもって米ドルオプション契約③④ともに権利行使されて消滅したので、結局、原・被告間には、豪ドルオプション契約のみが残ることになった。
豪ドルオプション契約は、被告が原告に対し、プットオプション権を売るものであるから、オプション権の売主である被告の利益はオプション料に限られるのに対し、被告の損失はオプション料を大幅に上回ることがありうるというものであった。
その意味で、豪ドルオプション契約も、やはり被告にとってハイリスクローリターンな金融商品といえる。
なお、豪ドルオプション契約においても、仮に被告が円高指向を選択して、被告が原告に対しコールオプション権を売るという選択をしたとしても、被告がオプション権の売主になっていることは変わりないから、予想に反して円安になった場合、被告がオプション料を大幅に上回る損失を被るおそれがあることは同様であって、やはりハイリスクローリターンな金融商品であることに変わりはない。
三 被告の錯誤(動機の錯誤を含む。)の有無について
1 金融商品取引における説明義務及び動機の錯誤
為替相場に変動性があることは自明のことであるから、その予測を誤って契約を締結したからといって、原則的にはそれが契約の錯誤無効をもたらすことはないものといえる。
しかし、金融商品取引は、リスクを取引するものといってよく、その取引目的についての認識は契約の有効な成立にとって重要な要素であるため、金融商品取引においては、取引される対象であるリスクの内容(特に、元本割れの危険性の有無、その程度)についての認識が極めて重要なものとなる。そして、その取引対象のリスクは、為替相場の変動によって生じるものであるから、その為替相場の変動との関連性やその程度についての認識もまた極めて重要なものとなる。したがって、銀行は、そのような金融商品取引においては、その顧客に対して、右のリスクについて、数字を上げたり、シミュレーションを示すなどして、そのリスクの内容やそれの回避の方法等が具体的に理解されるよう、詳細な説明を(もとより顧客の知識や理解度等に応じて)すべき義務があるものと解される(銀行法一二条の二、第一項、同施行規則一三条の三参照)。
そして、右説明如何によっては契約の錯誤無効をもたらす場合もありうる。
2 ハイタッチローン契約について
(一) ハイタッチローン契約が被告にとってハイリスクローリターンな、不利な金融商品であり、インパクトローンとオプション契約を組み合わせたかなり技術的な金融商品であることは、前記認定のとおりである。
被告社長及び被告専務の学歴や被告の経営への関わり方等に、被告はハイタッチローン契約締結前にオープンインパクトローン等の外貨取引を行って利益を上げことも損失を被ったこともあったことを合わせ考慮すれば、外貨建金融取引の損益が為替相場の変動によって生じるものであること自体は十分理解していたものと推認される。
(二) もっとも、Cが、被告(被告社長や被告専務)に対して、ハイタッチローン契約が被告にとってハイリスクローリターンな金融商品であることが十分に理解できるよう説明したかは、証人Cの証言によっても疑問といわざるを得ない。被告が原告の勧める外貨金融商品の取引をした目的は、本件ビル購入資金の融資金についての実質金利の軽減であって、投機目的は有していなかったこと、米ドルオプション契約③は円高予測に基づく取り組みであるところ、その予測であるのであれば通常のオープンインパクトローンによって右被告の実質金利低減の目的の実現は見込まれたのであるから、被告にとって右目的実現のためには必ずしもハイタッチローン契約による必要はなかったといえること等の点を考えると、被告(被告社長及び被告専務)がハイタッチローン契約のハイリスクローリターン性を正しく理解していたならば、その締結を回避した可能性が大きいものと窺えるからである。
(三) しかし、Cは、被告に対し、ハイタッチローン契約のリスクについては、米ドルオプション契約③によるオプション権を原告が行使して原・被告間に為替予約が成立することであるが、それは他の手段に切り替えることによって回避することができると説明しているのであって、実際、原・被告間では、その後、ハイタッチローン契約(そのうちの米ドルオプション契約③)により被告の被る損失に対してカレンダーオプション契約が締結され、結局、その時点限りでは、被告の右損失は顕在化しないで済み、かつ、被告は当初の目的どおり、ハイタッチローン契約のうちの本件インパクトローン契約及び米ドルオプション契約①によって、実質的な金利の圧縮という利益を得ている。
したがって、米ドルオプション契約③を含むハイタッチローン契約について、被告に錯誤があったとは認められない。
3 カレンダーオプション契約について
(一) カレンダーオプション契約が、米ドルオプション契約④と豪ドルオプション契約とを組み合わせたものであり、米ドルオプション契約④が米ドルオプション契約③による被告の損失を解消するものとして、米ドルオプション契約③の権利行使と同時に決済され、結局、原・被告間においては、豪ドルオプション契約のみが残ることを予定した契約であったことは前記認定のとおりである。
そして、豪ドルオプション契約が、被告が原告にオプション権を売ることを内容とするものである以上、これが被告に対してハイリスクローリターンな、不利な金融商品であることも前記認定のとおりである。
(二) しかし、この点について、Cが十分な説明をしたかについては証人Cの証言によっても疑問といわざるを得ない。被告のハイタッチローン契約締結の目的が前記のとおりのものであり、ハイタッチローン契約の場合と同様、被告には右のようなハイリスクローリターンの金融商品取引の必要性はなかったといえるからである。
(三) しかも、Cが説明した豪ドルオプション契約のリスクは、豪ドルオプション契約の権利行使期日において、一二一円五〇銭より豪ドル安円高の場合、原告はオプション権を行使するので、原・被告間に原告が被告に対し三〇〇万豪ドルを一豪ドル一二一円五〇銭で売却するという為替予約が成立することであるが、同時に、Cは、このような事態が発生した場合の対策として提案書記載の内容の説明をしたことは前記認定のとおりであるところ、それは、豪ドルオプション契約のオプション権行使期日の時点において為替相場が円高になった場合には原告においてオプション権を行使し、その場合に成立する締結相場による三〇〇万豪ドルについての輸入予約が発生して被告が負担を負うことになるが、その場合には、右の被告の負担は、① 豪ドル外貨預金を右予約を使って作る、② 為替予約期日の延長を続けることによって持値を改善することによって、被告の右負担を解消することができるとして(Cは、一年で一豪ドル七円の円安が見込まれるから、そうなれば持値は大幅に改善するとまで説明している。)、いずれにしても豪ドルオプション契約を締結することによって被告に負担が残るようになることはならない旨説明しているのである。
被告(被告社長及び被告専務)が右Cの説明を信用し、そのような処理による被告のリスク回避が実現されるものであることを動機として、これを前提に豪ドルオプション契約を締結するとともに、その後本件為替予約を締結したものであることは、前記認定の事実関係から認められるところである(被告が都市銀行である原告の外国為替取引の専門家であるCの説明を信用してそのような認識を持ったことは、無理もないことといえる。)。
他方、原告(カレンダーオプション契約の担当者のC)は、当然、被告が右のような認識を持ち、それを動機として豪ドルオプション契約の締結をするものと認識できたはずである。
そうであれば、右被告の動機は、豪ドルオプション契約締結の際に黙示的に原告に表示され、それを前提に豪ドルオプション契約が締結されたものと認めるのが相当である。
(四) そして、本件においては、豪ドルオプション契約後、原・被告間で三五次にもわたって本件為替予約の期日が延長されたにもかかわらず、結局、それは被告の豪ドルオプション契約による損失の顕在化を先延ばしにしたにすぎず、これを解消することはできなかったことが明らかであり、したがって、豪ドルオプション契約が締結された時点においても、豪ドルオプション契約を締結すれば、本件為替予約を延長することによっても解消できない損失を被告が被る危険が発生することは明らかである。
そうであれば、被告の豪ドルオプション契約の締結については、被告に動機の錯誤があり、これがなければ被告において豪ドルオプション契約を締結しなかったであろうことは前記認定の事実関係から十分推認されるところである上、右被告の動機は右契約の際原告に表示され、契約の要素となったものと認められるから、豪ドルオプション契約は被告の右錯誤により無効のものというべきである(外国為替相場の変動性は自明のことであり、その予測を誤ったこと自体は法律行為を無効とする錯誤(動機の錯誤)にはあたらず、豪ドルオプション契約の効果も外国為替相場の変動の影響を受けるものではあるが、Cの説明には、右為替相場の変動についての予測の問題を超えて、その予測が誤った場合における被告の負担回避の方策が原告において用意され、それによって被告の損失の発生は回避されるという、右契約締結に向けての強い動機付けが被告に対してなされたものといえるから、右為替相場の変動の自明性を考慮しても、豪ドルオプション契約の錯誤無効を認めることはできるというべきである。)。
(五) そして、本件為替予約は、豪ドルオプション契約の被告の債務決済の方法として締結され、延長されてきたものであり、豪ドルオプション契約を前提としているものであるから、本件為替予約もまた、右豪ドルオプション契約の場合と同様、被告の錯誤(動機の錯誤)により無効のものというべきである。
四 以上のとおりであるから、その余の争点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹中省吾 裁判官 永田眞理 裁判官 鳥飼晃嗣)
<以下省略>